研究

システム神経科学による体性感覚研究

体性感覚は、外界との物理的な接触を通じて世界を認識し、同時に「自分」という身体のイメージを形成するために欠かせない感覚です。私たちは、脳がどのようにして身体からの体性感覚情報を統合し、「自分の身体を感じる」感覚や、物体の形や大きさを知覚する仕組みを生み出しているのかを探求しています。
この研究では、小型霊長類マーモセットを対象に、手で物体を操作している際の神経活動を多点同時計測します。得られた膨大な神経データをもとに、脳内で形状や大きさといった物理的特性がどのように表現・統合されているのかを、機械学習や AI の手法を用いて階層的な神経ダイナミクスとして数理モデル化し、その情報処理原理を明らかにしていきます。「手で感じる」「形を知る」といった知覚行動の背後にある神経機構を理解し、脳と身体の統合的なシステムとしての原理を解明することを目指します。

疾患モデルマーモセットによる治療法の開発

脳梗塞や認知症といった神経疾患では、脳のネットワーク機能の破綻が、運動や認知の障害を引き起こします。私たちは、小型霊長類マーモセットの疾患モデルを用いて、これらの障害の背後にある神経機能喪失のメカニズムを解明し、脳の回復力を引き出す革新的な治療法の開発に取り組んでいます。リアルタイム脳刺激や Brain–Machine Interface(BMI)技術を組み合わせ、損傷後の脳がもつ潜在能力を促進する新しい「機能的神経制御」のアプローチを構築します。
さらに、神経細胞だけでなく、グリア細胞(アストロサイト、ミクログリアなど)の活動にも注目し、電気刺激や化学的介入を通して神経・グリアネットワークの再編を誘導します。これにより、神経可塑性と炎症制御を統合的に扱う、新しい神経再生・回復戦略を目指しています。システム神経科学的なリハビリ手法と、グリアを中心とした神経環境制御を融合し、脳を“再び動かす”未来の治療法を創り出します。

脳活動計測技術開発

脳の働きをより精密に、そして立体的に捉えることを目指して、私たちは神経活動を多面的に記録・解析する新しい計測技術の開発を進めています。全脳 ECoG(皮質脳波)を用いて、自由に行動するマーモセットの脳活動をリアルタイムに観察し、行動と神経信号がどのように結びついているのかを詳しく調べています。また、超高磁場 MRI 装置によって、全脳レベルでの神経活動をこれまでにない空間解像度で可視化し、個々の脳領域がどのように協調して機能しているのかを明らかにします。さらに、AI や信号処理アルゴリズムを活用して、膨大な神経データから脳の状態を推定・デコードするシステムを構築し、脳活動の“意味”を読み解く研究にも取り組んでいます。
これらの技術は、基礎研究から臨床応用までをつなぐ中核的プラットフォームとなり、将来の医療技術やリハビリテーションを支える新しい計測科学の礎になると考えています。

研究手法・設備

  • 脳・生理計測:128, 256ch 記録装置(Spikegadgets 製, Intan 製) Neuropixels
  • 行動実験:触覚刺激装置
  • 病理解析:光学顕微鏡, スライディングミクロトーム
  • マーモセット飼育施設, 手術設備, 組換え実験設備